カフェイン-ハイ

 

 

 

私は人になにか教えられるような人間じゃないし 立派でもないし ただ自我を保って生きてるだけで精一杯の なんでもないアノニマスだが

後悔しているものの数はあまりない。

 

やり切れない後悔は もちろんある。

妹にもっといろいろなことを見せてあげたかった、感じさせてあげたかった、選択肢を提示できればよかった、決めさせてあげたかった、寄り添いたかった、安定した心でしてあげたかった、

 

叶わないことごと。

 

この先も叶うはずのない 果たされない 覆されない後悔。

 

さいきん、子どもと関わる仕事を アルバイトやけども している。

 

もちろん 教育とはソリが合わない半生だったし、先ほど述べたように 人になにかを教えるなんて滅相もない、自らがまだ子どもな 赤ちゃん大人やし。

 

しかし 子どもたちと関わるなかで、自分が、この大人になることを放棄した、ジェンダーについて不安定な、人のいうことを聞かない、媚びないでいたいと願う、こんな まあ総括してカオスな自分が、

大人を装わずに彼 彼女らに関わるというそのことこそが ひとつの可能性を示せる場合もあるんじゃないかと考え始めている。

 

小中学生と話していると、彼 彼女らのなかに妹の面影を重ねてしまう。

私はあのとき 彼女とほんの3、4歳しか離れていなかったし、姉貴ヅラをいくらしたって もともと人生においてスロースターターな私だ、なにも与えられなかったに等しい、しかしいま、私は。

 

冷静で、我慢強く、機嫌が良くて 話を聞き、心から心配して 一緒にベストアンサーを探そうとできる、

少なくとも昔よりはこれらを これらのポイントを より獲得した、

だから、なにかできる、彼 彼女らのなかにいる妹の幻影になにかを見せてあげることができるんじゃないかと思ってしまうのだ。

 

ほんの塾講師のアルバイトである今、できることは少ない。

精神年齢の低い私には 友達のように彼 彼女らと話して笑い、どうしようかねえとぺちゃくちゃすることしかできない。

 

しかし この気持ちをどこかへ生かせるんじゃないだろうか。

もしかしたら。

I may be able to do something I couldn't have done before.

なんてこんな不確定すぎる言い方、ちゃんとした英語にはないかなあ。

 

精神的に錯乱していた昔にはできないことが 今 自分のやり方に自信を持てる今ならできるんじゃないかなあ。

 

私が大人たちに求めて、与えられなかったものの断片をもしかしたら私自身が、子どもたちに感じさせてあげられるんじゃないか?

 

そんなふうに思うの。

だから今んとこそれについて考えてみようって思うわけ。

 

 

現在地、フリーターでシングルである現在地を誇りもしなければ卑下もしていない。

なんにでもなれるとは特に思わんが、願うようになれない理由はないと思う。

ムカつくことも多々あるし、友達は多くないから休みはネットフリックスやし、家では日に日に独り言 増えて べつにsex dreamも見るし、人と話さないからものを考えるときに英単語交えてしまうし、

でも いま楽しいな。

やらなければならないことを放棄して忙しくしてたくせに楽しいなんてさ。

 

でも時はくるんだわ。今までそうやったように、必要なときに必要なことをしなければならないという決断は向こうからこちらへ流れてくる。

正しい時期を掴めば大丈夫。

 

Everything is alright!!!!!

 

ちゅーて今日もバイトへ行く。

 

 

放浪の砦

 

 

ハウル😭

 

彼は知っていた、星の色に染まった髪の短い彼女が自らを救ってくれることを。

だからひたすら待っていた。

彼女がすべてを克服することを。彼女の髪が灰に染まるのを。彼女が生まれを捨てることを。彼女が髪を短く切って、せめてもの美しさのかけらとして のばした髪を捨てることを。

あの日に自分を呼んで、待っていてと叫んだ、あの女の子がその姿が、自らのまえに現れることを、沈黙し、操らず、ただ待ったのだ。

 

ソフィのだけじゃなく ハウルの髪の毛のいろも変わる。

金髪 輝く王子さまとして物語に現れた彼の髪は、途中で幼い白人の男の子みたいな赤毛に染まったり、アジア人みたいな黒に染められてしまったり、その地味ないろのままでエンディングを迎えたり。

 

思えば髪の毛とは、身体のうちほんのちょっとしか占めないのにどうしてこんなに大切なんだろう。

歳をとればコシがなくなり、ぱさぱさに白く衰えてしまう。顕著なその老いは美しいものとは言い難い。しかし、美しいと言い難いのはなんでだ? それは、老いそのものを受け入れられないくせにそれが厳然と目の前に横たわっているということへの恐怖のせい?

 

やはりいちばんいいのは、サリマンに「お母さんは恋をしているのね」と言われる瞬間までの輝く瞳恋する頬、そして言われた瞬間から彼女のすべてを覆う老いと醜い卑下の表情。

ああ。

 

恋をすることなんてじっさい恥ずべきことなのだ。

大人にとって。

 

臆面もなく誰かを好きだと言い抱きしめる、行かないでと、保険や勘ぐりの柵を思わず越えてしまい好きだからと、自分が、自分の身体で、自分の顔をしたままで、言うだなんてなんて恐ろしいんだろう。

その柵を高く高く築いていくことで大人になっていくんだから。その内側にいれば傷つかず安全だ、なあ、誰かを好きになるなんて痛みを知らない馬鹿にしかできないはずだ、そんな。

 

老いさらばえた、

乾燥してほとんど死んだ、

手触りのごわごわして、

愛されない、

頑固で柔軟性のない、

なにものをも通さない、

 

白髪。

 

その色そのままにそこにさえ血流を通してしまってさあ、彼女は敵も、自分に恋する人も、老いた性欲の塊も、幼児性も 邪悪も、すべて受け入れてしまうのだ。

生まれた街を捨てて。

いつまでも若々しく美しく愛され上手の母親を捨てて。その母親の魂を次に入れるための若い依り代のような妹も捨てて。

彼女が、彼女自身を美しいと思えない環境をすべてかなぐり捨てて、

そうして彼女は女神様になってすべてのものにキスを与え、生き返らせてしまう。

愛することによって愛されるのだ。

 

いちばん泣いたのはやっぱり お花畑でハウルが美しいと言った、そのことを受け入れられずに目をそらし一気に老いてしまうソフィを見たときだなあ。

それに怒ってくれるハウル

 

そしてさいご、引き寄せられるようにその美しい顔に、けっして、けっして目をそらさず、自分のありのままを晒して、晒していることなんてなんとも思わない強さを持ってしまって、ハウルに見入り、すがり、行かないでと抱きしめ、大好きと伝える、ああ、愛されてやっと、美しさを自覚し、恐ろしいことだ、美しくいることほど怖いことはないんだ、だっていつか、いつか老いてしまうときがくる、ふたりともだ、目元のシワは増える、指はハリを失う、髪は、髪は水分を失い死を纏い抜け落ちる、でも、すべてを受け入れて彼らは見つめ合うのだ………。

 

愛することは恐ろしい。

自らの美しさを発揮してしまうことは恐ろしい。

目を見るのは恐ろしい。目を見て話し、そんな自分を見られることは。

 

だからこそハウルはもう逃げないになる必要があったし、ソフィは一度掃除婦のおばあさんにならなければならなかったんだ。

 

 

はああ。

ずっといちばん好きなジブリ映画はハウルだって言ってきたけど

いま、考えたら、それってめちゃくちゃ わたしっぽいなああ。

なんか悔しいわ。もはや。

自分っぽすぎて嫌やわ、ハウル好きって言うの。自分そのものを晒してるみたいや。

 

ほらね、好きを晒してしまうことはもう、もはや二十四歳の私には恐ろしい。

 

 

なじむ

 

 

 

さいきん新しい香水を買った。

めちゃくちゃ嬉しくて毎日のように外でも家でもつけている。

リビングで外着にふり、帰っては部屋着にふり、寝るときには布団にふっている。

すごいペースでふっているので、すぐになくなしたら嫌やなあ〜。

 

『キング』という名前のその香水は、私の大好きなジェシーちゃん バイ SixTONES の愛用しているとされるもので

彼の イメージキャラクターをつとめている ドルチェ&ガッバーナから 出されている。

 

こないだ 京都に おん自らの誕生日ディナーをお母様にご馳走していただくため、赴いた際に、伊勢丹で 購入したのだ。

ディナー前に いったん嗅いでみよ、とドルガバの店に行き、棚にしまわれたキングを店員さんが出してくれ、紙にしゅとして嗅がしてもろた。

ほしたら 強烈な匂いで、明らかに嗅ぎ方を間違えたとしか考えられないのだが、鼻を刺す匂いに、いやいやこんなん冗談じゃなくつけられないわ、と即座に退散したのだが。

 

ディナーとシャンパンとワイン、そのあとのデザートにしゅまされたコニャック、でいい感じに酔っ払い

自分が キングの香りを忘れられないことに気づき

ふたたび伊勢丹に舞い戻って 購入したのです。

 

20時閉店の伊勢丹のドルガバに19時55分くらいに入って。(閉店5分前って把握してなかった。マナー悪い。ごめんなちゃい。)

お母様が「まだ閉店してないってことは、買いなさいってことやわ!」と言ってくださり、

大急ぎで 迎えに行った、キングは、やはり同じドルガバの棚のなかで、王冠をそのこうべに載せて私を待っていたのです。

 

帰りの電車を待ちながら 足元にふりかければやはり嗅ぎ慣れない 外国のにおい。

幼稚園のときの 香水が嫌な感じにきつい 可愛い女の子にだけ贔屓をして 私についに逆上がりをできさせてくれなかった 黒光りした体育の先生を思い出して うえーんと言っていたのですが。

「どや!て匂いと パッケージがジェシーっぽいよねえ」とママの言うように 存在感のきつい、それこそ白人がつけるような匂いだったのですが。

 

日に日に香りが体に馴染む。

さいしょは ジェシーちゃんの匂い♫ってふってたのが

今では この香りそのものが大好きで ずっと嗅いでたくて仕方ない。

 

ジェシーという代名詞を脱ぎ捨てた、キングのにおい そのものを 愛し始めている。

これはもう言い換えられないな。

どんなふうな匂いか、もうわからない。

 

感覚に訴えて自分に、くったりと馴染んでしまった固有のものに 私は語彙をもはや尽くせない。

 

これは不思議な感覚だ。

 

香水というのはものすごいと思う。

 

母のお気に入りの香水は、エルメスのオードトワレのなんがしかなのだが、私もその香りがとても好きだった。

留学するまえに、いつでも母を近くに感じられるようにと 母の恋人が 同じ香水を私に贈ってくれた。

私もそれをつけ始めた。しかしもって私の手首から立ち昇る香りは、母のつける香水とは違う匂い。

それにもかかわらず、香水がついたままの自分のセーターを匂ったら 母を思い起こす香りがするのだった。

 

体臭と混ざり合う、しかし、それだけではないような感覚。

自らが外からの香りを 自分の香りとして受け入れて 折り合いをつけるような感じ。

そうしてその大好きな香りが誰かにとっての私の香りになる。香りそのものが私を表すようになる。

 

服を着るのとはまた違う、なにかを纏ってそれこそが自分になるという感じ。

指輪やピアスなどの装身具は もともと大好きだが

香水は それらアクセサリーとはまた違うような気がする。

 

しかし生きていてぜったいにドルガバの、ましてや男もの、くわえて名前が『キング』な香水を所有することには ジェシーなしにはならなかったので

やっぱり彼が私のキングなのだった。

 

 

 

まあそんなことは置いといて

キングを身につけ、自分のものにしてしまった私は

もはや 埋めてもらうべき穴を持たない。

穏やかに支配しよう。

肩に手を回そう。

守られる、なんて隙など与えずに。

話を聞くとき以外には目を見開かず。

満ち足りていよう。

 

なんてスペシャルな気持ちにさせてくれるからこれからの私のスタンダードに『キング』を君臨させていよう。

 

 

誰かの お気に入りの香水の話も 聞きたいなあ。

 

 

 

臓器不全

 

 

 

 決まってランチなのはどうしてだか知ってる?

 もちろん、彼は知っている。しかし彼がランチをしたいのは、そんな質問をしない友達なのだ。

 家に帰っていちばんにトイレに駆け込む私の、こんな姿は死んでも見られたくないな。

 

「昨日もさあ」

 大きな口を開けて、丸めたパスタを頬張った。彼の視線が皿に集中していることを確認してから、私はそのまつげを眺める。

 "そんなに一口、おっきいなら、いっしゅんで食べ終わっちゃうじゃん。"

 彼が不意に目を上げた。

 近頃気に入ってずっとかけている、透明な縁の伊達眼鏡越しに、目があった。聞こえてしまったのだろうか。私の、愛おしさの滲み出た呼びかけが。なんて、そんなわけ、ないのに。ぎくりとしてしまう理由をそんな場所に見つけようとする。

「……食わねーの?」

 何度も。

 見ていることに気づかれたときの視線の邂逅を体験し、その雷鳴轟く神秘の時間、すぐ後に襲う気まずさ、彼の美しさに酔い時間を忘れて見入ってしまうことへの恥じ入りと後ろめたさ、他のところへ理由を探しに彷徨ってしまう自らの卑しい目玉、理性の及ばないところで跳ねる心臓、すべてを、すべてを何度も体験し、私はついに微笑むことを覚えた。

 その表情はやっぱりただの女友達の枠を越えてしまってはいるのだが、最善の策だとは言えた、なぜなら、彼は明らかに安心するようになったからだ。

 戸惑わない私に。恥じ入らない私に。顔を赤らめない私に。すなわち、期待をしてしまわない私に。

 彼もそして、笑い返してくれる。

「食べるよ、昨日も、なに?」だから私はかろうじて答えられる。

 手元の赤い麺を、銀色のフォークとスプーンを使って、くるりと巻いた。

 馬鹿な。

 彼と一緒にいて、食欲など湧くはずがないのだ。なにを摂取する必要があるだろう。心臓の体積が五倍に膨らみ、肋骨のつくる空間を占領し、他のすべての臓器をことごとく圧迫しているときに? 彼と時間を共にするということだけで空気から過量の幸せを取り込み、それを吸収することに必死で他のことに使われることのない血液を全身にぐるぐる巡らせて?

 しかし私は名女優なので、赤い麺の塊を口のなかにいれた。彼のつくるパスタの玉の四分の一もない塊を。

 義務を果たし、目をあげると、満足そうな彼はひっそりと口角を上げた。喜劇に出てくる密告者のような口ぶり。

「昨日の夜もまたウーバーイーツしちゃったよ」

「なにを食べたの?」

「それがさあ、彼女が冷凍のうどんを茹でてくれるって言ったんだけど、もうあとふた袋しかなかったんだよ。

 そんなん足りるわけないじゃん? だって彼女も食べんだからさあ、そんでなに頼んだと思う?」

 彼は、心底おもしろそうに笑いを湛えて話したかと思えば、こちらにはてなを投げるさいには目を大きく開けて眉毛まで上げる。分厚い唇のはしに、トマトソースがついている。

 私はまた微笑んだ。ほとんど噛まずに飲み込んだ小麦粉の糸がせり上がってきそうだ。愛おしい人。二度とそんな話を聞かせないでほしい。可愛い人だ。その女の顔なんて絶対に見せないでほしい。澄んだ瞳で幸せを掴む人だ。

「なんだろ、パスタ?」

 頭を下げて、私を覗き込む目が三日月型に変形し、唇は弧を描く。

「ほんとに言ってんの? おれどんだけ麺類好きなんだよっ!」

「じゃあなに?」

「ピザだよ!!」

 彼は、彼自身のみが知るところの面白さにより爆発的に笑いだした。

「ピザ!? けっきょくアメリカ人じゃん!!!」

 私はそう言い、笑ったが、それはもうほとんど言わされているのに等しかった。

 いつもそうなのだ。面白いことも面白くないことも、すべてを爆笑の渦に巻き込みめちゃくちゃに面白くしてしまう。彼の周りはだからいつも体を折って大爆笑する人たちで溢れる、彼のギャグやボケが周りを笑わせるのではなくて、彼のその人柄と大きな笑顔に、その善良さに、彼を大好きなみんなは安心して腹を抱えてくずおれるように笑うのだ。

 そして私も。微笑みの鉄壁を崩し、どこかから湧き出る衝動に任せて笑う。

「うるせー! 彼女はうどん茹でようとしたんだから日本人だよ!」

 彼はまだ笑いながら見当違いのつっこみを重ねた。私は、彼の善良さにより、笑うことを許されて笑う。

 これ以上の幸せはないのだ。

 ここがいちばん、到達できる範囲でいちばん、彼に近い場所なのだから。

「てかおまえどんだけ少食なんだよ、もっと食えよ」

 笑いが収まったらしい彼は私のまえの皿を見ていとも簡単に言った。

「おれの彼女なんておまえの三倍ぐらい食うよ」口角を下げたと思えば、

「食ってるときの顔もかーわいいんだけどね」目をほとんど閉じて幸せそうに笑う。

 馬鹿じゃないの、と言われることを前提とした、その、惚気話に。

「馬鹿じゃないの」

 私はきちんと言ってあげるのだ。呆れた、という顔をつくって。

「へへへ」

 だから彼はお手本のようにきちんと笑う。

 

 そうして店を出たら彼は服を見たいと言ったり彼女になにか買って帰りたいなどと言う。私は時計を見る。四、五時間もいっしょにいると幸福感の放つ熱によって肉体がずるずるに溶けて排水溝に流れていってしまうような気がするからだ。汚いシンデレラだ、こんなに時間を気にする理由は悲しい。私はまずもって彼の不在よりも彼と一緒にいることに耐えられないのだから。

 駅まで送ってもらうと、私は逃げるように電車へ走り下を向く。頭を真っ白にしながらついた自宅、駆け込むトイレ、便器に顔を埋めて、ぜーーーーーーーーーーーーーーんぶ、吐く。

 ぜんぶ、吐く。

 予想通り消化されているはずのないアマトリチャーナ。指を突っ込む。まだ吐ける。

 ありがとう、彼女の名前をぜったいに言わないでいてくれて。指を突っ込む。まだまだ吐ける。

 惚気を言うあなた。美しいカップルの深夜の不摂生。水分をたくさん含んだ白い頬、下まぶたの薄い皮膚。指を突っ込む。

 あなたはぜんぶで愛すのだろう。あなたの彼女を。大事にすると何度も聞いた。結婚したいと言い始めたのは彼女と付き合うまえからだったけど、私だけはそれを笑わずに信じた。背の高いあなたの彼女はきっとあなたにとても似合いで、いっしょに歩けば誰もが振り返るだろう、だから私はあなたの住む区には足を踏み入れないの。タクシーで通過したりも、しないの。ちょうどの身長差、あなたは後ろからハグをするのが好きとか言った、指を突っ込む、もう吐けない。

 吐くものは体のどこにも残っていなかった。

 決まってランチなのは、夜に会えば酩酊して好きだと言ってしまうからだ。必ず。こぼすように、こぼれるように。心臓からせり上がる好きが口から溢れ出るように。

 私は彼をとても好きだ。

 彼の周りの人間は、みんな、ぜんいん、彼を大好きだから、麻痺した彼の奇跡的な寛容さで、そばにいることを私は、許されているだけなのだ。

 みんなが彼を好きだ。彼もみんなを好きだ。みんなに好かれる彼を彼自身も好きだ。

 私は泣いた。泣きじゃくりながら、レバーをひいた。

 渦を巻いて吐瀉物は、下水道へと吸い込まれていく。溶けてしまわなかった私の身体もいつかは。なんて。いろんな気持ち、日付の変わる前にきちんと流して、

 これでもう、次に彼に会う準備はできた。

 

 

 

 

 

おわり❤️

 

 

 

I'm the one !!!!!

 

 

 

 

きのう誕生日だった

おめでとーじぶん!24年前の昨日に爆誕したんだよね〜

 

そして当時は 出生数のほうが 死者数より多かったから

日本における酸素濃度を薄くさすのに加担してたわけやね

 

生まれてきて「おんぎゃー」とか言うたと思ったらウケるな

でも おんぎゃーとか言いながら ママンに嬉しそうに抱かれてたと思ったら一転、めちゃくちゃ泣けるわ。

 

世界にはまだ 妹やSixTONESで言ったら森本慎太郎、最近大好きな藤井風も、

ビリーアイリッシュも ショーンメンデスも いなくて

それってエグいな。

 

mamma mia!もオーシャンズ11もまだ撮られてないけど

ゴッドファーザーとかグッドウィルハンティングは、もう存在してたらしい。

 

江國香織村上龍は もう活躍してたんやってさ、えっぐー。

 

Wikipedia見たらさ〜、1997年は 初めてクローンの羊が生まれた年やって。2/23やから私の方がクローン羊よりも後輩やな〜。

いかついな、クローン技術ってそんなに昔からあるんや。

 

え!?むかし!?わたしが生まれたの昔!?怖っやめて

 

ほんで香港が中国に変換されたのも1997年のことやって。さいきん〜。

 

さいきん!?24年前はさいきんなのか?

 

おい、ポリゴンショックも1997年やって。人類が火星についたのも。ダイアナ妃が亡くなったのも。マザーテレサが亡くなったのも。

 

えぐいな〜、1997年めちゃくちゃ盛りだくさんやな。

すべてが違ってた。私が爆裂に誕生したまさにその瞬間も、科学は進歩してたくさんのことがドラマティックに違ってってたかもしれない。

 

みんなが聴く音楽も まったく違ってたんやろな………と思ってWikipedia見たら、オリコンランキングに載ってる人ぜんぶ知ってたわ…………

 

GLAYとかミスチルとか………ジュディマリとかドリカムとかZARDとか………

 

24年なんか そんなもんか。

いろんなこと目まぐるしく変わったやろうけど

フロッピーディスク、覚えてるし

凧揚げ大会の凧作るのに フィルムケース使ったし

ゲームボーイアドバンスSPを誕生日に買ってもらったし

ポケモンやコナンとほとんど同い年やけど

まあ、まだそんなに生きてないな。

 

何人かおめでとうって言ってくれて嬉しかったな。ありがとうな、まじで。

わたしは ぜんぜん言わないのに……。

言われたら嬉しいの、わかってても、拒否されるの怖すぎて言えませんので………。

27歳くらいになったら そゆのなくなってたらええね…………。

 

初めてひとりで過ごした誕生日やったな〜。

ひとりで過ごせばなんてことない一日でしたわ。いつもとおんなし。

こんなふうに年ってとってくんやね。堆積もある程度までいったら誤差みたく無視しちゃえんのかな、やだなあ

 

さいきん強く思うよ 享受してるだけは嫌だな〜って。

やから なにかをとにかく生み出すよ。

 

ほんで 人の言うことぜんぜん聞かんとくわ、もう。馬鹿にされても無視しちゃう。軽視されても知らんぷりしちゃう。

でも、ちゃんとぜんぶに傷つきにいく。ちゃんと期待して、ちゃんと裏切られて、ほんで、ちゃんとぜんぶ傷つくことにします。それが若くないとできないことをそろぼちわかってきたからね。

あと、もっと働こ〜っと

 

じゃあ、あしたは 友達とSixTONESの歌のカラオケ行くから寝なきゃ☺️

ちなみに 誕生日迎えて初めて聴いたのは藤井風の『もうええわ』でした。ん〜、へでもねーよのほうがよかったなあ〜。

 

 

おやしめ

 

 

Clubhouseの最初のシーは大文字かいっ

 

 

友達が、なんやっけあれ聴くSNSみたいなやつ

名前が出てけえへん

田中ショータイムみたいな名前のやつ

えっと……クラブハウスか!!!!!

 

そう、clubhouseに誘ってくれてんけども

招待してもらうかどうかを保留している。

そもそも招待というのは、「きてください」といってされるもので、それに対しての返事は「いきません」「いきます」「ちょっと待ってください」ぐらいのもんやと思うが、招待をしてもらうことそれ自体を保留にしているというのはおかしな話である。

いや招待の概念も時代とともに変わる。そんな文句は言うな、そんな、「おかしな話である」ておまえは老人か。おかしいおかしくないで世論語り出したらもうクソ出涸らしや。澱や。

 

ほんでまあ、

かまいたちのネタで、「おれはトトロを観てない」だけで引っ張るネタがある。M-1でやったやつである。

ボケの山内が言う、「おれは、いまの段階でトトロを観てないし、今から観ることもできる。でも、すでにトトロを観たあとの状態であるあなたたちには、トトロの内容を知らないという状態に戻ることは決してできない」と。いうあのネタ。

私はあのネタが好きだ。

 

clubhouseに対しての関心は、たとえば「インスタ映えする萌え断(切ったときの断面が綺麗という意味)サンドイッチ」に対してくらいはある。(チーズダッカルビみたいに美味しいのわかってあるけど、写真に写すために食べにいくのはシャクやから)

「行列のできる難波のラーメン屋」ほどにはない。(まずいラーメン屋に人は並ばないから)

「チョコレートやエスプレッソを使ったスタバの新作」の五分の一くらいの量には、その関心は、なる。(なぜならチョコレートとエスプレッソの組み合わせがめちゃくちゃ好きやから)

 

だから、まあ、clubhouseを始めてしまうと、アカウントを保持してしまうと、もうそうではなかった状態には戻れないのだ。

 

おもしろいかもしれないものに興味はある。もちろん、おもしろいかおもしろくないかで言ったらおもしろいほうがええし、といえど自分の「おもしろい」の基準はこだわり強めで受容のちからはそんなにない。

だから、まあ、始めてから判断すればいいだけのことだ。clubhouseがおもしろいのか、おもしろくないのか。

 

そんなことを言ったら話はそれるがじゃあツイッターはおもしろいの? インスタは? となる。

ツイッターは、おもしろい。私は文字が好きだから。でも気持ち悪いとも思う。それはSSを好きではないのと同じ理由で。すなわち、言葉を尽くされもせずに表される直感的かつインスタントな感情・創作は無価値、という考え方だからだ。私が。

インスタは、なんか、勝手に共鳴してもらえるインスタントさが楽しいと思う。おもろくはない。共通点やとっかかり探しのツールやと思う。

ツイッターもインスタも、自然に始めた。なんの抵抗もなく、その名前が聞こえてきたときには感覚的に始めていた。

 

じゃあなんでclubhouseではそれができないのか。

 

まず、聞こえ始めが気持ち悪すぎる。

時代にそぐわない習慣ではあるがツイッターのタイムラインをくまなくチェックしがちな私の目にその単語はある日急に引っかかった。

と思ったらトレンドにも のっていた。そこには少しの風刺画とたくさんの芸能人の呟き、招待されないことを嘆く有象無象の投稿。

急やわ。急やし、なんか、たくさんの人を蚊帳の外にすることで悦に入る感じが好かんわ。

 

五人ぐらいのグループで喋ってるとするじゃないですか。で、そのうち三人がこないだ旅行にいったとするじゃないですか。そしたらその三人のうちの一人がこないだの旅行の晩御飯のときのノリを復活させようと試みるときあるじゃないですか。ほんで残りの二人はときに遠慮し、ときに無神経にそれに共鳴するじゃないですか。

あれが大っ嫌いなんですよ………。

ほんまに、ほんっまに、気持ち悪くない? あれ。

いま喋んなや!!!! って思うけどそれを口や態度に出したらワガママ感でるやん。

「おもんない話してんなあおまえら」感は出せないよ、だってその話がおもんないと感じることこそがこの五人のおしゃべりの楽しさに対する尊重であってさ、だから自分がその雰囲気を損ねるような行動はしたくないねんもん。

できる反応としたらもう「へえ〜、そんなことあったんや」とにこやかにやり過ごすことだけ。”知らない話題出されても朗らかなる人”を演じることだけ。

 

それでだからさ、始めてしまえばもう遅いわけよ。

始めるまえには戻れなくて、なんというか多分「私? ああ、いちおアカウント持っては おりますけどね」てきスタンス、あれを、抜け出せなくなってしまうんだろうと思うそれが嫌なのだ。

 

もしclubhouseがおもしろくて、楽しくて、さいきんハマってる霜降り明星youtubeを観る時間をそれにあてたり、直近で読んでる吉田修一の小説を読む時間をそれにあてたり、するならまだいいと思う。

「clubhouseておもろいで! おもろいからやってるねん」と言えるし。

 

でも、もしおもしろくなかったら?

「ああ、まあ……アカウントは持ってるけどおもろいもんでもないであれ。秒でやめたわ」

ええ……だっさぁ〜〜〜………その文言、ださぁ………。

 

漫画や小説、アニメ、ちょっと読んで観てそんなに面白くなくて読むの観るのやめる、とは訳が違う。

だってSNSは、ある種の大きすぎてふだんその形を顕著にはさせていないコミュニティだから。ツイッターをやってる人、インスタをやってる人、フェイスブックをやってる人、その、開かれた門戸を自らくぐり、アカウントを持って誰かとつながる準備を整え、枠のなかに収まっている人たちの集まり。

その所属が”自慢”のいろを持ってしまったらもう終わりやん!!!!

芸能人と寝たの自慢するカキタレとおんなじやん!!!!

 

ステイタス? おいこら犬の糞以下!!!!!

 

だからまあ覗いてみたくはあるんやけど、トトロを観てしまったらトトロを観たことのない自分には戻れないから。

古い家の暗い隙間にまっくろくろすけがいるかもしれないと思わないでおこうとすることこそがまっくろくろすけを頭のなかに浮かばせるのやから。

 

萌え断サンドイッチは食べたら美味しい。

clubhouseも所属してみたら楽しいんかもしれへん。

 

でもなあ〜〜〜〜〜〜〜、、、

なんか嫌やねんなあ〜〜〜〜〜〜!!!!

 

新しいものに飛び込めなくなったり、二の足を踏んでしまうことは避けたいがこれはまた別問題で………。

 

ってもうみんなやってたりする? 私の友達たち。

みんなやってるならやるわ。

 

 

 

 

追伸

ぜんぜん関係ないけどさいきん気持ち悪いなあと思う言葉第1位:私自身

 

 

さいならっ

 

 

よばれ

 

 

 

睡蓮が私を呼んでいる。

このところずっとあの白ピンクい花弁に会いたくてしかたがないが。

異様な大きさの葉。太陽を離さないさやかな緑りいろ。

行きたいのはベトナム不忍池ではなくて、いや、まあ、それでもいいのかもしれへんけど。

 

数年前、母はモン・サン・ミシェルに呼ばれたといった。

どうしても行かなくては、という気持ちに、生活のなかでなんども襲われたらしい。

襲われたことさえも事後報告な母なので、私は「なんで行かんかったん!!」と言った。

「今からでも行けばいいのに!!」と、もちろんコロナ禍まえ。

「もう呼ばれてる気しいひんからいいんよ」というのが母の答えだった。

「ええ〜〜〜、行けばよかったのに!!!!」と私。

「ほんまやねえ」と もはやひと事のような返事。冷めた情熱、欲求の石化、からの炭化……

 

モン・サン・ミシェルでなにが母を待っていたのだろう。

それがなんであれ、もしか母を私から奪いさろうとしたなにかであっても、私はそれと母を会合させたかったのに。

待っているからには、母を引き寄せたからには母に幸福をもたらすなにかであろうと考えるのは浅はかだろうか? そんなことないやろう。

 

そんな話のせいもあってかそんな予感たちをないものにしたらいかんというのは私の信条になりつつある。

なにかをしたいという欲望がどこから生まれたものであっても、それが自分にしか見えないなら、それを生かすのは誰だ?

 

まじでお酒を飲みたい気持ちのときにそうしないって理由をいっしょうけんめい探すことのほうが滑稽ってもんよ。

飲んだらいける素敵なところと飲まずに見える大切な現実……

 

人生をふたつにわけるものごと、〇〇前と〇〇後に、自分の半生をわける出来事がある。

その軸は たぶんひとつではなくて、これからにもたくさん私を待っている。(『君の名前で僕を呼んで』に書いてた)

今の私と完全に違う私に、今の私を会わせてくれる劇的かつまだ参入してない人間が私の人生のうえに どがんと座っていると考えるのは不思議で素敵なことだ。

 

もしもモン・サン・ミシェルでママを待ってた誰かがママを、今のママとまったく違う人間に変えていたとしても。

もしも蓮の花のたもとで、大きな葉のうえで胡座をかいて、いま私を待つ人が今の私から私をかっさらっていくとしても。

 

誰かに引かれた髪の毛引きちぎって半身どこかへ残してきてでもそこへ行こうや。

 

睡蓮咲き次第可及的速やかに睡蓮の名所行こう。おれひとりでな。

 

 

 

 

 

 

魚座でO型のひと〜〜〜

ねえたびたびじぶんにこどもができたらのはなしするけどそれってけっきょくわたしたちがおやからあたえられそこねたとかんじてるものにたいしてよわよわふにゃふにゃのぱんちくりだそうとしておとなのかおでじぶんのむねにつきたてたふりしてるってだけなんじゃねえのうらみつらみのさとうづけなんちゃってばーか

 

かに座の女は、そろそろきたる春に気持ち焦っても地に足つけて肉体に触れずに行け。

 

ふたご座の男は、スカートの布、その素材でなく色にも注視しといたらいいことありそうじゃんっ!

 

B型の女の子は今週いっぱいはワガママの精度あげてこ。

 

AB型の男には会ったことないな、男の人ってAB型率低いん? 逆に女友達にはAB多かったけどな昔、いまは、知らんけど

 

 

 

おやしみっ