女の子はバキバキスマホ持ちがち

 

 

 

スマホの画面が割れた。

 

スマホの画面が割れたというとララランドの主人公のミアを思い出す。夢のようなミュージカル映画の中に 主人公の持つバキバキのスマホは影を落とす現実。

でもわたしの人生はミュージカル映画ではないから、スマホの画面が日常に亀裂を走らせるわけではない。

 

それでもなにか決定的なことが起こったみたいな気持ちになった。

もう取り返しがつかないのだと思った。

カバーが割れてるんじゃなく、画面の方が割れている。だから尚更、取り返しがつかない。

 

それはだから「戻る」ボタンの不干渉の位置。

スクショの届かない位置。

実際に、物理的に壊れてしまった。

ロフトの上から落として。大きな音がしてそれでも、実際に割れているのを見るまでは割れていないことを期待した。

 

対峙した画面には禍々しい亀裂。

 

なにもかもについて 本当は 目に見えないだけで 取り返しのつかない一瞬をつねに失っている。

人との付き合いだってそうだ。

失ったものは二度と戻らない。バキバキに割れてしまった画面はもう二度とまっさらには戻らない。新しくスマホを買わない限りわたしのスマホは文字の見にくいバキバキ画面だ。

新しく買うしかないのだ。そうしてこのバキバキ画面のスマホを忘れるしかない。それしか前に進む方法はない。

 

取り返しがつかない。ゾワっとさえした。たかがスマホ。でも今のわたしは移動時アンド授業中以外ずっとスマホを触っている。されどスマホだ。されどスマホすぎる。

 

ああこの喪失感。

気をつければよかった。もっと大事にすればよかった。可哀想なわたしのスマホ

でももう遅い。受け入れて切り替えていくしかない。悲しいなあ。

 

なんてことない普通のスマホの話。

おやすみなさあい