スリープオーバー

誰がなんと言おうと唯一無二

ぐちゃり

 

 

 

たとえば五人で遊んだとき、

みんなが円満に楽しいと思えて次もあればよいなと思うのって単純にすごくない?

 

自己が拡張している状態が、不健康でなく かつ 正解である場合があるなんて最高だよね

 

でもそんなことってそう多くあるんだろうか…

少なくとも新しくそういう場所をつくるのって20年以上生きると本当に難しいですよね

数が 2とか3ならまだしもね

3でもけっこう むつかしいとこあるしね

 

それが男女混合となればなおさら難しいんでしょうね

他の場所に恋人のいる人がいるときも難しいでしょうね

 

男女の友情ってなんだ?

 

同性愛の人が恐れられるのって、自分が相手のことを友達だと思っていたその 欲がまったく絡まないはずの真っ当な友情を汚されるのが気持ち悪いから、っていうのがたぶんあると思うんですけど

それって別に 同性間でなくてもそうですよね、つまり 異性間でも 「私はあなたを異性として=性的な目で、見てなかったからびっくり」っていうのはありありありありありまくりますよね

それが 「友情の裏切り」になり得るとしても、生理的な嫌悪にならないのは

あらかじめ、男と女ならそういうことになるのもありうると思ってるからじゃないですか

 

恋愛って 「性的なイベントだけがふたりを恋人たらしめるのではない」 ってことはなんとなく自分に、わからせようわからせようとしてたんですけどいまいちピンとこなくて、

だって性的なものでない!と言い切ったなら友達と恋人の違いがあまりないように思えるし。

 

そんで いま、この話をしながらだんだん見えてきた輪郭があるんですが

あの〜……「男性(女性)であるその人が男性(女性)である部分をめちゃくちゃ個人に落とし込んで好き」ってこと?

だからやっぱり恋愛って性やん!という…結論?

 

それはえ〜っと絶対的な異性愛者・同性愛者が存在するという話ではなく。

男性であるという個性 前提で 好き

みたいな?

性別は 種族でなく個性のうちのひとつ…みたいな?

 

言いたいことちゃんと伝えられてるかな…

 

 

 

 

恋愛ってめちゃくちゃ普遍的やのにめちゃくちゃ個人的で ひきますよね

ドンびきますわ

 

 

 

 

傷つけないように愛したいのにめちゃくちゃ傷つけたくなるのは致命傷を与えられるのは自分しかいないんだぜという驕りからなのだろう

女性といる彼を思い浮かべるだけで吐き気がするのは彼が下半身で恋愛をすると(未だに!)思っているからだ

憎む、いくら友情で彼に近づいても、近づくのが見えたらその女は憎む、理屈ではないよ

 

"恋愛たるもの"に雁字搦めなのだ、なんやかんや自由なふりをしておいてわたしの恋愛の仕方はいろいろなものに縛られていて、それでもまあ

 

わたしなしで幸せになるなら わたしの視界から完璧に死ぬまで永遠に、消えてくださいと思う

ことは

ぜんぜん、不幸になれと呪うこととはイコールではないのだ

わかるよね?

 

君がそばにいない今は君のすべてを愛おしいし大好き

無理解も 無関心も まるごとね、そばにいない今はね

 

 

 

 

恋愛の普遍性と個人的などろりの話

 

おやすみなさあい