バスが完全に停止した。ここからは歩いてゆかなければならないらしい。

乗客らはそれぞれの相手と囁きあっている。どよめきあっている。手段が断たれたときの対処が、楽だというのはひとり旅の良い点だ。

香梨は大きなリュックを背負って、通路を縫い歩く。眠っている人もいて可笑しいと思う。このバスは止まってしまって、それでもうほとんど永久といえるほど動かないのに。

短いステップを降りると、高速道路にはなにもなかった。アスファルトだけが先へ伸びているし、後ろへ続いている。少しだけ熱気の上がる人工的な地面とは相反して、空気は土の匂いがする。風の一陣通り過ぎる音。車内のどよめきは聞こえない。

香梨は、小さめの身体に不似合いなほど大きな荷物を背負い直した。歩かなければならない。とりあえず次のサービスエリアまでは。そこから地上へ降りて、そのあとはまた考えよう。

車内を仰ぎ見ると、窓際の髪の短い女の人がパンを食べていた。頬張っている。味を想像してみるけれど上手くいかなかった。美味しそうな顔をしていないからかもしれないし、匂いがしないからかもしれない、でも少なくともお腹が空いていないからではないだろう。

サービスエリアに行ったって食料が手に入るわけではないけれど、とりあえず香梨は出発することにした。ここへ留まっていてもどうしようもない。砂琶にはどよめき合う相手がいない。

 

 

 

 

つづく