ぴたっ

 

 

 

フランチャイズのカフェでアルバイトをしている。

軽めの接客業だ。シアトル系カフェで、セルフスタイルだから。

それでもまあ、客と接する時間は多い。

 

イケメンの男は不必要に 目を見てくるな とか、

某お笑い会社の社員の女のほとんどは愛想がとにかく悪いなとか、

心に余裕のありそうな人は男女ともにさりげないアイコンタクトや微笑みを欠かさないよなとか、

韓国にはカフェがたくさんあるから韓国の人はカスタマイズよくするなとか、

 

まあ ほとんど偏見のようなもの。

ロボットではないので、いちいちに感想を芽生えさせながらやっている。

 

それでまあ、客というのはいろいろいるもので、そして客もまた生きているので、コミュニケーションというのはまま生まれる。

きょう、あることを言われた。

フロアで用事をしているときに、わざわざ声をかけてきたおばあさんに。

「こんなところで働いてるのはもったいないね、あなたここでいちばん美人よ、いちばん。」

唐突すぎて苦笑である。「ええ? 私?」「そんなん初めて言われました」、もちろんありがとうございますは添えたが。

おばあさんは、いちばん、のところを小声で言った。レジのほうを見ながら。

スカウトの人、来ないんかねえとかいう戯言。

連れの男の人(たぶん息子)にも話を振るも、彼はノーコメント。

 

褒められたのだから私は喜んだ。

そして同僚(同僚? なんて言うの? バイト仲間?)に報告。これこれこう言われたわあ〜と。

すると彼女は、

「ああ、別のバイト先で私も言われるやつ。笑」と言った。

 

私は、ふた、と思った。

 

蓋。

 

 

まあ。

連れのおっさんノーコメントやったし。

おばあさん視力悪いんやろうな。

年寄りってそういうよおわからんお世辞言うしな。

 

ていうか。

いちばん、って順位つける必要ある?

私べつにみんなより劣ってるとか秀でてるとかそういうの要らんし。

勝手に順位持ち込まれてもなあ。

やし こんなとこて、まあべつにいいけど、愛社精神なんてかけらも無いアルバイトやし、まあ。

 

 

蓋。

 

嬉しい気持ちに、蓋。

 

 

 

 

 

母と服を買いに行ったとき。母の試着中に、

「お店のまえ通られたとき、めちゃ素敵な親子さんがいはるなあ、入ってきてくださらへんかなあ、って思ってたんです」

って店員さんに言われて嬉しかったので、母に報告した。

「服買って欲しいんやからそういうことも言うよ」

母、一笑に付す。

 

今思えば、

蓋、だった、それも。

 

 

べつに、言う必要ないことなら言わなくない?

褒め言葉、素直に受け止めたらあかんかなあ?

そりゃアホみたいかもしれへんけどさあ。でもさあ、でもさあ………。

 

どうして蓋しないといけないって、蓋せずに溢れさしてその感情の根拠がもし揺らいだら、つまりおべんちゃらも甚しかったら、自分が恥をかくからやんね。

なに勘違いしてんの? って、笑われるからやんね。

 

でもさあ〜〜〜〜〜〜。

ぜんぶが「勘違い」って流されてしまうならもう、悪意のある言葉しか誰にも刺さらないことになるよ。

「ブス」「デブ」だけが真実で「美人」「素敵」がぜんぶ嘘なんて悲しすぎるよ。

 

蓋、要るのか?

喜ぶ私が、馬鹿か?

 

誰かが髪型を変えて、それが似合っているとき、大して仲良くなくても私は褒める。

服装も、メイクもそうだ。

心を込めて軽い気持ちで褒める。

単純に褒められると嬉しいし、その変化を、あなたの変化を、いいと思った人間がひとりでもここにいるということを軽く、あくまで軽く、伝えたいからだ。

 

それがぜんぶただのbullshitやと思われたら、私はあんまりにも悲しい。

どうして?

傷つかないことのほうが、感情を動かすことよりも大事なのはどうして?

 

 

蓋の重さがわかるのはいつもひとりになってからで。

切りつけられた傷の深さを知るのも、血が滲みだすのもいつも遅い。

だからこうして整理しないと気持ちがとっちらかってしまう。ので、まあ、整理。

誰かに変わって欲しいわけじゃない。

ただ私が誰かを褒めるときは、心からいいと思っているときで、その言葉に嘘はない、礫も決して潜ませない、善意でさえない。

そうして私が褒められるときは、100%で受け止める。傷つくなら傷ついたときに悲しむことにする。褒めるのにもたぶんときどき勇気がいるからだ。

 

言葉をもっとポジティブに使える世の中になったらいいなあ。

守るためにしか使わないなんて悲しい。

 

 

 

ね。

だからあなたがあなた達が褒めてくれたことは私の心を動かして、そして、ずっと嬉しいよ。

消費期限なんてなく、ずっとね。