情景描写には、気温や温度、湿度や天気、色や匂い、音や声など、すべて、脳みそやハートのなかのこと以外のすべてが含まれる。
どちらかというと、機械的な作業だといえるだろう。有機物無機物、存在する物体すべて、存在しないものまでも、誰かの頭の中に建設する作業だから。
では、声を描写してみよう。
私が今や、友達や親の声よりも高頻度で聴いているのは、間違いなくストーンズの声である。
とくにジェシー。
彼の声への反応速度は恐るべきもので、街中で、テレビで、どこかで彼の声が不意に流れてくれば、考えるより先に、彼だと頭で認識するより先に、身体が完全に察知して顔を上げてしまうほどだ。
だからふつうより簡単にできるだろう、彼の声を聴いたことがない人にでも、彼の声を伝えることが。彼の声を誰かの頭の中で鳴らすことが。
彼の声について語るとき、まずは彼のテンションについて語らなければならない。
ジェットコースターみたいに激しい彼の発話の緩急。
1、彼の基本は冷静だ。26歳の年齢にしては、落ち着き過ぎているほどのトーンで話す。
2、そうして、バイリンガルはみなそうであるように、英語を話すときには、トーンがさらに下がる(英語圏では、高い声で話すと馬鹿だと思われるのだ)。
3、彼の笑い声は爆発だ。高い、ぺらぺらの声で笑う。
4、ふざけるときには、もちろん大きな声で堂々と、ぐねぐねと音程を変えて話す。人のモノマネをするときにも、身体ぜんぶを使ってやっぱり、普段よりも高いトーンで。
5、とんでもなく奇跡のようなセクシーさだったのは、舞台期間に、ラジオで話すときの声。疲労と喉の酷使による、ふだんよりももっと冷静な、というより感情を押し込めたような話し方。
6、歌声はもちろんまたべつ。大人っぽいときも少年っぽいときもある。
ひとりしかいない人間であるはずなのに、さまざまなテンションを持つ。どのシーンで彼を見るかで、彼に関する印象はまったく変わるのだろう。
ようやく声について描写する。
1、話すときの彼は、湿った声だ。日本語を話すときでも、やっぱり英語を使う人特有のやり方、TやSに力を込めて。よく口角を上げたり下げたりするので、口蓋ぜんぶに音は響く。低い、長い大きな体躯の底から鳴るような、聴く人全員を安心させてしまう力のある声。似ているのは、優しい海鳴り、オーボエ、大きな瓶に息を吹き込んだときの音。
2、そんなに多くないが、英語を使うときには、挑むような口角の角度で話すので、少しシニカルさが声に乗る。ちょっとだけアンニュイ。ふだん見せない気だるさが声音に宿る。喉の奥に声がひっこんでしまうときの、マニッシュないがらっぽさが、聴く人の胸にひっかかって抜けない棘になる。
5、忘れられないのが、舞台期間中のラジオでの話し声。役柄もあり、喉を酷使していて、笑うときには声が像を結ぶ前に消えてしまった。それはただの動作や反応みたいで、笑顔とか笑い声とかけ離れたところにある原始的な音を伝えて寄越すのだ。声を出すこともできないのに、全身で笑っていることが、掠れたぱさぱさの吐息を通じて伝わったとき、他の人全員も嬉しくなる。彼は感情的ではないので、ふだんから感情を押し殺すようなところは見せないのだが、声が奪われていた期間、楽しさやテンションの上げ下げが喉に悪いと考えていたのだろう、ときどき湧き上がるおかしさなどを押し込めようとしていた、あの、自制的な吐息混じりの話し方。はあ、思い出すだけで身悶えするほどにセクシーだ。
6、歌声も奇跡だ。白玉を思い浮かべてほしい。ゆがく前のやつである。お餅ほどみずっぽくなく、ゆがいたあとほどぬめっとしてない、表面は乾いた、あの弾力のある白い丸。
彼のメインの音域では、彼はその白い丸をぶにっと押し潰したような声で歌う。囲碁の石みたいな形だ。でも、白玉の弾力。あれがどこまででも続くような声。
声を出す場所は、高い音域のときには口の外側、舌の上、低い音域のときには喉の奥に引っ込む。
しかし、いくら高い声でも、けっして舌の上から手放さないので、やっぱりフィットチーネみたいに滑らかで平たく、そして軽い。湿度はあるけど、軽やか。エアリーではない、中身はしっかり詰まっているから。
低い声は、やっぱりしとしとに湿っている。降り止まない夜中の、日曜日の春の雨みたいな声だ。
そうして、彼は感情的ではないにも関わらず、人々に自分の気持ちを贈ることが最高に上手い。なので、歌詞の意味と、それに乗せる気持ちの温度が表情が、湿った声越しに伝わる。
そう、彼の声は物事を伝えるための声なのだ。
できるだけ私からの讃美抜きに書こうと思ったが、そうもいかなかった。
私の言葉は、100%私の気持ちだからだ。
どうですか、これであなたの頭の中に、ジェシーの声が再生されましたか?
聴いたことない人は聴いてみてほしい。
私が書いた、そのままの声だと私は信じているから。