私の王国

 

 

やばい。

楽しみよりも、恐ろしいが今日、勝ってしまった。そして狂ってしまった。

今まで幻のような1週間、実物の彼に与えてもらった言葉や、伝わった気持ちが、ぜんぶ、恐怖に上塗りされてしまった。

 

女の子たちと「好みのタイプ」について話すとき、当たり前のように話題に上げた初恋の人なのだ。

芸能人で、この人かっこいいなと思えば、源流に彼がいることが多々あるのだ。

 

表向きに言えば、それだけのことだ。

しかし、じっさいのところ、それ以上の拠り所を、彼のなかに不条理に、見続けてきた。

 

優しい彼がもし私のそばにいてくれたらと、

強い彼がもし私の腕を支えて立たせてくれたらと、

優しさや強さの根拠もほとんどなしに、願ってきた。

 

絶対不可侵の、神の領域だったのだ。

私を拒絶しない、否定しない、すべてを知ってくれている、幼い頃の時間を数年間だけ、共にした彼は、私の脳みそのなかで、神の領域にいた。

 

それなのに、私は、その領域を自らの足で、犯してしまった。

彼に実体が伴い、彼が私の意識の外で言葉を語り、動き、決定する。

なんて恐ろしいんだろう。私の幻の「運命の人」は、ついに現実に舞い降りて、私とコミュニケーションをとっている。

 

どんな見た目を、どんな声を、どんな眼差しを、持っているのか、まるでわからないままに、

意識だけが実体化して、私にメッセージを送る。

電子の言葉の向こうには、現実に生きる彼がいる。考え、食べ、運動し、話す、彼がいる。

 

やめといたらよかった、とは思わないけれど、ただ恐ろしくて仕方ない。

どんなふうな、ほんとうは、男の子なのか、まるでわからないのが怖い。

 

だって彼がいなくなれば、私の脳みそには拠り所がなくなるのだ。

彼さえいればすべてうまくいく、安心できる、大丈夫になれる、そんな支えがなくなる。そんな幻想は現実の前で霧散してしまう。

私には誰もいなくなる。

私の生きる勇気の みなもとが、立ち消えてしまう。

 

私は盲信的に、彼が理想の人であると言い続けなければならなかった。

じっさいに会うことをしなければ、言い続けたままで死んでいくことができた。

それなのに………。

 

彼が人間であることが恐ろしい。

優しくてエネルギーにあふれた、この時点で稀有な男の子が、ほんとうに目の前に現れるときが恐ろしい。

 

会えば泣いてしまうかもしれない、という私に、母は それでも受け入れてくれそう、と言った。

それほどまでに私たち親子に、マジックをかける存在はこの世に彼きりなのだ。

 

自らの神の領域に自らで触れる。

恐ろしい、私の王国が壊れる。

その王国の王は私ではない。