this is how I love someone… I guess??
恋をしている話の続きになります。
恋をすると人というのはつまらなくなりますね。そのことばかり考えて、口にして、会えないときには連絡が返るのを待って、会えた後には会話や嬉しかったこと、あるいは悲しかったことばかりを反芻して。
私にはもう少しバラエティがあると思っていました。とはいえ、前回の恋でも 物を食べるのに何倍もの時間がかかり、何もせずに中空を見つめて休みの日を過ごすような有様だったので予想通りといえばいえるのですが。
しかしきっと私は大人になったのでしょう。
好きな人のことを好きで、たぶん朝目覚めた瞬間に前の日の夜遅く返してくれたメッセージを確認してでも確認するぜんぜん前から彼のことを考えています。そして授業中に誰かが発言している顔の向こう側に彼のことを思い浮かべて私は数秒間 教室からいなくなってしまいます。返事を考えるために黙りこくってクラスメイトたちの会話をシャットダウンしてしまいます。
これらを、でも、好きな人とはまったく関係のないことだと思えます。私だけの問題。彼のことをずっと考えてしまうのは、完全に私1人だけの問題であり、彼にはまったく関係がないと思えます。
彼はまったくの他人で、どこかで何かをしているけどそれが何かを知る必要なんてなくて、何をしているか教えてくれたら嬉しい、楽しいいちにちを過ごしたと聞くと私も幸せになる、けど、それらも私にはまったく関係がない。
クラスメイトや母、先生に相談して得た知見をもとに、彼に会いたいと言うと夜、会いにきてくれました。
月替わりでスポーツをいろいろやる集団(よくわからない)に属しているらしい彼はノースフェイスのスポーツウェアを着たままで車を運転してきてくれて、そうしてカフェでお茶をしました。
彼は手を握り、ときどき私の背中に手を置いたりして真摯に話を聞いてくれました。
そうして私のどんな話も通じるのでした。拙い言語能力で伝えるどんな気持ちも通じるのでした。
それから夜の散歩をしました。少し寒くて、スポーツウェアしか着ていない彼の指先が冷たくてダウンジャケットを着た私は温めました。「ありがとう」と彼は言いました。
耳まで冷たかったけれど、「寒さに強いんだ」と彼はなんでもなさそうでした。なんて素敵なんでしょうと思いました。
景色は綺麗で、でも話しながら手を繋いで歩いているとどこを歩いているかなんて関係なくなってしまいます。ロマンチックに聞こえるかもしれませんがマルチタスクができないせいかもしれないとも思います。話に集中しすぎて、景色を楽しむ余裕がないなんていうのは。
少し車に乗って海辺の公園に行き(バンクーバーは海に囲まれた街です)、歩いたときも別にどこでもいいな、と思っていましたが。勇気を出して彼の写真を撮ることができました。景色にかこつけて2人の写真も撮りました。写真を撮ったり撮られたりすることは、私にはとても恐ろしいことなのです。おこがましいのではないかと思います。自分といるときの相手を画像にして閉じ込めてしまうなんて。撮られることも恐ろしいです。相手の手元に自分の笑顔が収まっているなんて心臓がすうすうします。
彼は「(僕に対して)したいことはなんでもしていいんだよ」と言ってくれました。同時に「君がされたくないことはしないよ」とも。
べつにこんなに素晴らしいなら 彼が他のところで誰かに会っていてもいいなと思います。そんなこと、言ったらたぶん崩壊してしまうんだろうけど。
私の話が通じて、絶対に私を馬鹿にしなくて、お互いに尊重し合って話ができて、手を繋いで歩いたり、同じものを見たり食べたりできるのなら、他のときに何をしていてもいいと思います。それを私に勘付かれないようにうまくできるなら。
ちぐはぐなのは、まだ出会ってから2週間と経っていないというところです。
お互いに少しのぼせやすいのかもしれません。冷めやすい、が付随しなければ良いのですが。
もし、彼がやっぱりたくさんの新しい人たちと出会いたいから私と会うのはしがらみになる、と言えば私は悲しいでしょう。
なんなら、常にそれに備えて心の準備をしています。「こんなに奇跡みたいにいい人が私の彼氏になるはずがない」と。
でも同時に常に「私はめちゃくちゃ愛してあげられるよ」と思っています。また、「私にすれば傷つかないで済むのに」とも思っています。「元カノに傷つけられた過去は可哀想、だけど私と付き合えば傷つけないのに」と。
私はもうやり方を知っています。人を傷つけないで恋愛をするやり方を。恋愛経験は少ないですが、いちいちちゃんと学びました。というより、ついた傷が乾いて古傷となって見えるところにしっかり残っているから、同じような傷を誰にもつけたくないのです。
だから「こんな奇跡みたいにいい人が私の彼氏になっても、私は彼が満足できるくらい誠実な彼女になれるだろう」とも思っています。
してくれたことを見逃さないし、愛をひとつも取りこぼさずに受け取ることができるでしょう。そして彼が自分を世界でいちばん素晴らしい人だと思えるように言葉を尽くすでしょう。私にはそのためのエネルギーとボキャブラリーがあります。誠実なのです。
でもま、それも彼とはまったく関係のないことです。彼にとってよいタイミングでないときに、私に出会ってしまったのなら、すべては噛み合いません。
賞や功績ではないのですから、どれだけ素晴らしい人であっても 自分のもとに留めておけないことに悔しい思いをする意味はないのです。
これだけたくさん話ができても、出会うタイミングが違って、さようならをしないといけなくなったら、私には思い出だけが残るでしょう。
人生のある一点において すごくすごくいい人とある一定の時間を共にしたという。
また思い出や記憶ばかりが積み重なり、持ち重りがしますが、生きていくというのはそういうことなのでしょう。
彼とタイミングが合うことを願っている私が今ここにいることは確かですし、まだ願えるところにいるということに感謝したいと思います。