ハウル😭
彼は知っていた、星の色に染まった髪の短い彼女が自らを救ってくれることを。
だからひたすら待っていた。
彼女がすべてを克服することを。彼女の髪が灰に染まるのを。彼女が生まれを捨てることを。彼女が髪を短く切って、せめてもの美しさのかけらとして のばした髪を捨てることを。
あの日に自分を呼んで、待っていてと叫んだ、あの女の子がその姿が、自らのまえに現れることを、沈黙し、操らず、ただ待ったのだ。
ソフィのだけじゃなく ハウルの髪の毛のいろも変わる。
金髪 輝く王子さまとして物語に現れた彼の髪は、途中で幼い白人の男の子みたいな赤毛に染まったり、アジア人みたいな黒に染められてしまったり、その地味ないろのままでエンディングを迎えたり。
思えば髪の毛とは、身体のうちほんのちょっとしか占めないのにどうしてこんなに大切なんだろう。
歳をとればコシがなくなり、ぱさぱさに白く衰えてしまう。顕著なその老いは美しいものとは言い難い。しかし、美しいと言い難いのはなんでだ? それは、老いそのものを受け入れられないくせにそれが厳然と目の前に横たわっているということへの恐怖のせい?
やはりいちばんいいのは、サリマンに「お母さんは恋をしているのね」と言われる瞬間までの輝く瞳恋する頬、そして言われた瞬間から彼女のすべてを覆う老いと醜い卑下の表情。
ああ。
恋をすることなんてじっさい恥ずべきことなのだ。
大人にとって。
臆面もなく誰かを好きだと言い抱きしめる、行かないでと、保険や勘ぐりの柵を思わず越えてしまい好きだからと、自分が、自分の身体で、自分の顔をしたままで、言うだなんてなんて恐ろしいんだろう。
その柵を高く高く築いていくことで大人になっていくんだから。その内側にいれば傷つかず安全だ、なあ、誰かを好きになるなんて痛みを知らない馬鹿にしかできないはずだ、そんな。
老いさらばえた、
乾燥してほとんど死んだ、
手触りのごわごわして、
愛されない、
頑固で柔軟性のない、
なにものをも通さない、
白髪。
その色そのままにそこにさえ血流を通してしまってさあ、彼女は敵も、自分に恋する人も、老いた性欲の塊も、幼児性も 邪悪も、すべて受け入れてしまうのだ。
生まれた街を捨てて。
いつまでも若々しく美しく愛され上手の母親を捨てて。その母親の魂を次に入れるための若い依り代のような妹も捨てて。
彼女が、彼女自身を美しいと思えない環境をすべてかなぐり捨てて、
そうして彼女は女神様になってすべてのものにキスを与え、生き返らせてしまう。
愛することによって愛されるのだ。
いちばん泣いたのはやっぱり お花畑でハウルが美しいと言った、そのことを受け入れられずに目をそらし一気に老いてしまうソフィを見たときだなあ。
それに怒ってくれるハウル。
そしてさいご、引き寄せられるようにその美しい顔に、けっして、けっして目をそらさず、自分のありのままを晒して、晒していることなんてなんとも思わない強さを持ってしまって、ハウルに見入り、すがり、行かないでと抱きしめ、大好きと伝える、ああ、愛されてやっと、美しさを自覚し、恐ろしいことだ、美しくいることほど怖いことはないんだ、だっていつか、いつか老いてしまうときがくる、ふたりともだ、目元のシワは増える、指はハリを失う、髪は、髪は水分を失い死を纏い抜け落ちる、でも、すべてを受け入れて彼らは見つめ合うのだ………。
愛することは恐ろしい。
自らの美しさを発揮してしまうことは恐ろしい。
目を見るのは恐ろしい。目を見て話し、そんな自分を見られることは。
だからこそハウルはもう逃げないになる必要があったし、ソフィは一度掃除婦のおばあさんにならなければならなかったんだ。
はああ。
いま、考えたら、それってめちゃくちゃ わたしっぽいなああ。
なんか悔しいわ。もはや。
自分っぽすぎて嫌やわ、ハウル好きって言うの。自分そのものを晒してるみたいや。
ほらね、好きを晒してしまうことはもう、もはや二十四歳の私には恐ろしい。