旅 2

 

生い茂る常緑樹のまんなかを歩いてゆく。ときどき下へ降りる階段があるけれど、香梨はちらりと見るだけですべて通り過ぎる。

香梨の大きなリュックは布類でいっぱいで、なにか食べるものは、元気のチョコレートしか入っていない。

元気のチョコレートは、理由なくまたは理由つきで泣きそうなとき、苛立ちが膨らんでしまったとき、元気がなくなったときにだけ食べることになっている、甘い甘いチョコレートだ。

それは感情がコントロールできなくなったときにすぐに食べるために、いちばん外側のポケットに入っている。

反対にいちばん奥のポケットに入っているのは家の鍵と、それから家族の髪の毛を束にして布袋に入れたお守り。

それらは香梨のせなかのすぐそばにあり、香梨の体温であたたまり、香梨の背中をあたためる。

 

太陽が視界の真ん中を占めてきた。バスを降りたときには頭の上にあったのに。それほど長い時間を真剣に、香梨は歩いてきたのだ。リュックの肩紐に引っ掛けてあるサングラスをかけた。

視界はワントーン明度を下げ、目を開けて歩けるようになる。少しのことが大事だ、旅の全体をだんぜん快適にするには。

いつのまにかゆるくカーブを描いていた道の先に(太陽に向かって歩いてきたから、南に向かって曲がっているということだ)、無人の小さなサービスエリアが見えてきた。

香梨は、これも好きだった。大きなサービスエリアは店員や旅行者、地元の人があふれていて活気があって大好きだが、無人のやつも好き。バスに乗っていると訪れる機会が少ないので、来られて嬉しい、と香梨は思った。

歩調は、こころもち弾む。バスを降りてから目標という目標がなかったし、秋だというのに常緑樹だらけの景色も変わらず、バッテリーの温存が望ましいウォークマンを取り出そうか迷っていたところだったのだ。

近くに見えた目的地は、想定より遠かった。これは、地上と違うところだ。所狭しと建物の密生する地上では近くのものは大きく、遠くのものは小さく見える。ここでは違う。遠くのものと比較できる近くのものがないので、距離を測るのが難しいのだった。

公衆トイレと喫煙所、それに小屋だけのそれは素っ気ない施設だ。少量の土と申し訳程度の植木。今まで一度も走行車には会わなかったのに、そこには自家用車が一台停まっている。

香梨は用を足したあと、小屋へ向かった。自動販売機が四台並んでいる。デジカメを取り出し、写真を撮った。シャッター音がふつうではありえないほど大きく響く。

「ホットミール、ペットボトル、スナック、コーヒー」

あえて言葉に出した。

「ぜんぶ一個ずつ買ってやろ」

 

 

 

つづく