桃とクチナシ

 

 

初恋の人の夢を見た。

私はもちろん彼に恋をしていた。

彼はなにか 家庭環境のような 根っこの深い問題に 頭を悩ませていて "だから"私とはどうにもなれないと言った。私が交互に組むように繋いだ手を、こんなふうには繋げないと きょうだいのようなそれに繋ぎ直した、そのしゅんかんの胸の痛さがやけにリアルな。

そうして私は そんな彼の 頭を抱いてやったのだった。

あなたは頑張っているし私はそれを知っていると言った。いや、言ったかどうか定かでない。

両腕で包んだ温かく大きな頭に向かって、念じたのかもしれない。

物理的な痛みに耐えるような表情の彼に。伝えてよこしたのだった。

 

手足まで侵食するような夢だった。

液体性の毒、あるいは、馬鹿っぽいボタニカルティーによって薄められた劇薬のような。

だから起きてからしばらくしても 夢の海のなかから起き上がれずにいた、衣服がすべて水を吸ったみたいだった。

 

問題は、初恋の人の顔がまったくもって固定されていなかったことだ。

彼はもはや概念と化し、ぐにゃぐにゃと顔を変え、そしてでも変わらず、私に愛おしかった。

 

彼は、妹のお葬式に来てくれたというあの、ただ一点だけにおいて 私にとって大切であり続ける。

中身を無くして 声も忘れて この時代においてもSNSでさえ繋がっていない彼は。

いちばん辛いときに 目を合わせて頷いてくれたというだけで、こうして夢にまで出てきてしまう。私は彼にとても感謝していて、それをなにかの形で返したいと つねに願っているのだろう。

 

彼は夢の世界で、私の胸のなかで泣いたのだったか。

 

小さなときの恋というのは得てして、かんたんに成就されてしまうが 彼と私は違った。

最初から最後まで、私の片想いだったのだろうと思う。ほとんど確信に近い強さで、そう思う。

それなら、彼にとって私の胸のなかで泣くなんてこと、不必要なことの代名詞みたいなものだ。

それなのに私は、それを求め続ける。

あのとき彼が頷いたのだって、彼にとっては大した意味がないのだろうに。

私にとっては、大事であり続ける。

 

恋とは一方的なものだ。

だから桃色に美しいのだろう。

愛されることを願ってしまえば茶色く腐っていくのだろう。

 

誰かと生活するくらいなら

ピンクのそれを心に重く持っているほうが今の私には、よい。

対象がアイドルであれ、ほとんど妄想のなかの人物と化した初恋の彼であれ、変わらないのだから。

 

 

 

そういえば、こんだけ生きてきてさっき初めて

クチナシと桃の果実の匂いとは似ていると気づいたよ。

蕾のとき、花ひらいた瞬間、だけが美しいクチナシを あの匂いを私は好きだ。