かがやき

 

 

 

あなたは駆け出した。

開いた扉、空気の抜けるマヌケな音、それをよーいどんのピストルがわりに。

ぐううと地面についた右足に力を込めて、左足の着地点を無意識に定め、そしてまた左足に力を込めて、大きな歩幅で。

循環しているはずなのに溜池の水のような空気を吸う、空が見えないのに晴れているということがわかるのは不思議だ。

あなたは あまりにも見切り発車に駆け出したので、周りの視線を集める。

階段の、くだりの表示が出ている側から無作法にも駆け上がる。背後では、礼儀正しいアナウンスと柔らかな警告音とともに、電車の扉が閉まっていく。

一段飛ばしで駆け上がれば、改札のある階まですぐに着く。あなたはリュックのポケットにぐぐと手を伸ばして、定期入れを手に握る。

同じ電車に乗っていた誰よりも早く、あなたは改札にたどり着き、手に持った定期入れをかざして上手く通過した。

改札の小さな画面では、チャージされた所持金が200円強減ったことが伝えられていたけれども、あなたには見えない。なぜならもう、ぴぴっという音よりも速く出口へ向かっているから。

小さな正方形の、おびただしく並んだタイルの床を力強く踏み締めて、あなたは走る。風がつくられていく。あなたがつくった風に、周りの人たちが吹かれる。3歩前にすれ違った女の人の紙袋が大きく揺れる。5歩前にすれ違った男の人の声が捩れる。

あなたはようやく地上への階段に到達する。それも一段飛ばしで駆け上がる。折り返して、それは地上へ続く。段の端には、どこからきたのか、水が流れている。

空が見える。晴れている。青く、雲のフィルターをひとつも通さない空。

地下鉄の出口から飛び出して、あなたはまだ走る。簡単なコンクリートの屋根から逃れると、真夏の日差しがまともにあなたのつむじを打つ。すぐそばの街路樹にとまるセミが、なにかを喚き立てている。とたんにあなたの首筋の毛穴からは、うわっとびっくりしたように汗が噴き出る。あなたは鼻から大きく息を吸い込む。そうして吐く。自らの息が、気温と同じくらいの温度で、空気に混ざり合っていくのがわかる。早くもおでこから汗がひとすじ流れる。

あなたはまた走り出す。目的地を知っている。信号は青になっている。息は上がっているが、立ち止まってしまうほどではない。

地面から、見えない湯気が立つのが見える。茹だった外国人が、タンクトップの胸元から玉のような汗を浮かばせているのは、でもあなたには見えない。

スニーカー越しに感じる熱気。あなたは帽子も被っていない。太ももの筋肉が熱を発している。

あなたは 入り口から走り込む。地面は、安っぽいコンクリートから砂にとってかわる。スニーカーの底で小石が音を立てる。摩擦がうまれる。あなたは滑らないように太ももにもっと力を込める。

探していたものが見つかって、ブレーキがすぐには効かない車体のように、あなたはスピードを徐々に弱める。

あなたはそれの蛇口を開ける。勢いよく、真上に水はほとばしる。あなたが見上げると、それは太陽の光を多分に反射して、それ自体が素晴らしいもののようにきらきらと光る。

緑の葉。

ときおり思い出したように訪れる、熱い風。

すぐそばを通り過ぎる、車の列のたてる大きな排気の音。

幼い子どもの野生的な奇声。

乾燥した砂の蹴散らされる音。

あなたは降ってくる水を浴びる。頭から浴びる。それは空気に散っていき、あなたをびしょ濡れにはしてしまわない。

あなたは口を開ける。ぬるい水が喉に当たる。

あなたの白いTシャツが、濡れているところと乾いているところの豹柄をつくる。

子どもたちが羨ましそうにあなたを見ている。あなたが去ってしまうかしまわないかのうちに、あなたの真似をするだろう。

 

 

サマーイズカミン🤘