おそうめん

 

 

 

さいころ、と言っても私が中学生で妹が小学生だったころまでは、祖母は1人で住んでいた。

車で10分の距離に、私の生まれる3ヶ月前に亡くなった祖父の遺物たちと共に。

その家で私たちはさまざまなものを食べた。祖母はお料理教室の先生だったから。

いちばん心が躍ったのはなんといっても白鳥のシュークリーム。ふわふわした羽と可憐で華奢な首を持つ、当然シュークリームなので茶色い肌なのに風格を持つ白鳥然とした、あのスイーツ。ホイップクリームの嫌いな子どもだった私は、なかにたくさん詰められたぎっしり重いカスタードクリームが大好きだった。バニラビーンズのつぶつぶ。

あと妙に覚えているのが、湯葉を食べた夜。母と妹と祖母と私、父もあそこにいたかもしれない。みんなで囲むお鍋に、あとからあとから膜が張って、それをすくってお出汁につけて食べた。お鍋に入った乳白色の液体を祖母は牛乳だと言い張った。私にとってはなんであっても不思議な現象と食感でエキサイティングな体験だったのだが、祖母は「豆乳やって言ったら嫌がって食べないと思って」牛乳だと嘘をついたらしい。意味不明の嘘。

そして妹が吐いたのは、お素麺をつける麺つゆにネギを入れすぎたから。ネギがなにしろ大好きで、だからたくさん入れて、入れすぎてその風味によって気持ち悪くなって吐いた。私たちは笑ったけど妹はしんどそうだった。お素麺。祖母が大量に茹でて、そして、冷やして、それらは一口ずつに束ねてお皿に盛られていた。お素麺はそれがスタンダードなのだと思っていた。今、自分で茹でて、自分で冷やして食べて思う。あれはなんというかとても贅沢な食事だったのだと。

お正月には魚嫌いの私たちのために大トロを買ってきて食べさせられた。マグロなんてとくに嫌いで、脂ののったべとべとの大トロはぜんっぜん美味しくなくて残すと文句を言われた。数の子も味が濃くて食感が気持ち悪くて嫌だった。

すき焼きのときには、紙か竹かなんかよくわからないものに包まれた上等のお肉が用意されていた。お野菜のふんだんに盛られた、あのプラスチックのざる。ラードの溶ける匂い。たっぷりのお砂糖とお醤油と、いちばんはじめに私のお皿に菜箸で、入れてもらえる大きすぎる牛肉、あれを、頬張る幸せ。

大好きだったダークチェリーパイ。サクサクのクッキー生地のパイの上に、砂糖漬けのダークチェリーとふわふわの甘い生地。薄いのにずっしりと重い、私のためにほとんど4分の1くらいに切られた一切れ。

 

人は変わる。

人が変わるのは、でもどうしたってフィジカルなことなんじゃないかと思う。

老いるのだ、身体が老いるのだ。

そして老いる前に、たくさんいろいろを経験していろんな場所を見て人と会って愛を重ねて友達や家族をつくって、周りの環境を整えないといけないのだと思う。

すべてとの関係性に、折り合いをつけて、趣味を見つけて知識を蓄えて、老いに備えなければならないと。

 

 

私はさいきんはもうほんとうに何を食べても心から美味しい。

2日前に茄子をごま油で焼いたのをお味噌汁にぼちゃんして食べたら感動的に美味しくてお昼も夜も今日はそれを食べた。夜に至っては丼にお味噌汁をつくって食べた。

オクラが美味しくてたくさん買ってマリネにしてある。ちょっと漬かりすぎて酸っぱいけれど夏なので酸っぱいものは美味しい。

社員食堂のお昼ご飯で出る鯖の香味揚げとかサワラの西京焼きとか、お寿司屋さんでビールと食べる鉄火巻きがもう心から幸せに美味しい。

ほうれん草の白和えが、ひじきの煮物が、トマトのマリネが、白菜のお漬物が茗荷が、ピーマンが、ほんとうに美味しい。

ぜんぶ、子どものころ、祖母の家でご飯を食べていたとき、大嫌いだったものだ。

それらはまったくもって不味くて食べられたもんじゃなかった。

そして私は大好きなお肉をたくさん食べる。昨日も3日前もステーキを焼いて食べた。ウインナーが大好きな子どもだった、そのままいつもアルトバイエルンを冷蔵庫に常備してある。豚ばらの薄いのをしゃぶしゃぶにしてお素麺にぶっこむ。子どもの頃からあなたは肉食やねえと半分呆れられてきた。

 

今が、成熟の遅い私の、子どもと大人のあいだなら。

私が蓄えなければならない事柄は山のようにある。

このままただ歳をとるわけにはいかない。

切迫感が私を襲う。

野菜がお肉がお魚が心からすべて美味しく、読む本に書いている意味がお腹の底からわかり、そして中学の頃から育ててきたそばかすがようやく魅力的なかたちになって、お花の食べ物の人間の匂いがすべて鮮烈に鼻に刺さり、毎日めちゃくちゃたくさん眠る。

このままが続くわけがないと思う。

この、すべてが世界のすべてがまだまだ新鮮で目に刺さりそれを受け入れることのできる柔らかな肉体を持つときに、すべてを、すべてを経験しなければならない。

 

このままここにいられない。早く別のどこかへ行かなければ。

私に残された時間は長くはない。

なにを食べても同じになる、晩年の祖母はよくわからないものばかり食べていた、私にはあれは心から悲しかった、あんなにつくるのが食べるのが好きな人だったのに。

時間は取り戻せない、もし私たちの身体が衰えないなら、すべてが意味をなくしてしまうだろう、輝きを失ってしまうだろう、いつか老いるのがわかっているから、わかっているのに若さを浪費する、諦めてはいけない、先を見据えて目が座ってる若者はゲボだ、立たねば。

歩かねば。

そこに留まるという決断は怖い。決定的な決断なのにそれを下す自覚は少ない。

 

刹那を生きることが未来を生きることだ。

消費的なのではないのだ、理解しなくたっていいけど。