しばき

 

 

 

 

女は、「あたしにはあたしの幸せがあるし別に理解されなくたっていいのあたしは幸せなの、」と一息に言った。

そのぶつぶつとした水疱みたいに意味のない呟きを発する鮮烈な傷口のような小さな、唇に私はキスをしたいと思った。

きらきらとそれだけが生きているパーツであるかのように輝く唇。

女の毛穴の目立つ顔の皮膚のなかでそこだけが大事なもののように思えたのだ。

「あたしは、」

女は私が聞いていないということにも気づかず話し続ける。じっさい、それが肉体でさえあればいいのだ。話す自分の目の前にいるもの、が血の通った肉体でさえあれば。

「あたしはあたしらしくいたいの、それを誰にも邪魔されたくないの、あたしはあたしの好きな服を着る、好きなお化粧をする、あたしであることをやめたくないの」

女の目には力がこもっているが、それは例えば生気とか魅力とかそういうポジティブな力とはかけ離れている。

表のところだけが熱い、たとえば偽物の体温を持った精巧な猫の人形のような、温めてもすぐに冷える冬場の足先のような。

他人の頭に手をかけて水面に浮き出るような力。

「あたしらしくいたいだけなんだけどな、だめなのかな」

女はその日初めて私に問いかけた。私を覗き込む顔に浮かんだのはもう肯定しか予想していないような甘えた表情だったので私は、サディスティックな気分になった。

「らしさなんていう形骸的なものに頼っていると」

本当のことを言ってやろうと思ったのだ。

「as you areでいられるわけがないのよ。それはあなたの理想とするあなた、あなたがこう見られたいというあなたでしょう。中身の伴わないチョコレート菓子のようなものだわ、熱に触れるといっしゅんで表面が溶けて空っぽだってことがみぃーーーーーーーーんなに、露見するのよ、そうでしょう」

本当とか事実とか、そういう男の振り翳すようなもので殴ってやろうと思った。ペニスのようなもので頰を張ってやろうと思ったのだ。

女は、私がとつぜん長く喋るのでびっくりしたようだった。目を大きく開いて、静止している。

右目の上睫毛のマスカラが、ダマになっていた。黒いマスカラ。重そうだ。その質量は、目の大きさに対して大きすぎる。むしり取ってやりたいと思った。

私は女が怒り出すかと思ったが、そうはならなかった。

 

 

 

 

おわり