遊ぼうよ、というのはべつに、私の提案だった。
もともと付き合っていた相手ではあっても、付き合う前には友達だったのだ、遊びに誘ってなにか悪い理由でもあるだろうか。
たとえば高校生のころ通った、ダンスダンスレボリューションが3台もあったゲームセンターなどには行かないわけだし。
たとえば佐田くんの大学近くの、安いだけが取り柄でキャベツの芯ばかりを野菜炒めに使う定食屋になども行かないわけだし。
付き合っていた頃より上達した化粧をして2、3杯、佐田くんと私それぞれの最寄駅の真ん中くらいの駅で、お酒を飲んでちょっとしたイタリア料理やなにやをシェアするだけなのだから、もう、10年とは言わないまでも、それに準ずるくらいの時間が、経ったのだから、過去の、地層のしたをちょっとだけ、ボーリングしてみるだけなのだから。
だからべつに佐田くんの奥さんに対して、後ろめたく思う必要なんてないのだ。
しかしまあ、私だったら。
佐田くんと付き合っていた頃の自分なんてもうとうに脱皮されてしまい、どこかで失くしてしまっているが、私が"奥さん"だったなら、夫にそんなことを許しはしないだろう。
今付き合っている男と、絶対にしない予定の結婚をしたとしたら、私は過去の女になんて会わせはしないだろう。
それでなくとも世の中には脅威がたくさんありすぎるのだ。男以外は全員女なのだし、女好きとばかり好んで付き合ってしまう私にしては、そういう世の中の女たち、すべてが脅威となってしまうのだし。ともすれば男だって脅威だ、誰もが虎視眈々と、魅力的な私の男を、奪って独占してしまおうと企んでいる。
外的な脅威に飽き足らず、会社やそのほか、いろんな場所に、家庭のお外に理由をつけて、なにかと出て行ってしまう夫じたいに、なんとかかんとか鎖をつけて、その先っぽを地面に深く打ちつけ、帰ってきてくださいお願いと心のなかでは懇願しながら、それでも涼しい顔をなんとかしているのが奥さんなのではないのだろうか。
『あの駅に新しくできた小料理屋みたいなのに行こう、来週の金曜日にでも、どう?』
お外の世界ぜんぶを睨みつけながら、泣くまいとする奥さん像を頭から締め出して、私はスマホを涼しい顔で見下ろす。
佐田くんのメッセージは簡潔で、私は、ああこういうところが好きだったような気がする、もう実感としては思い出せないけれども、となんとなく思った。
許す女と結婚したのだ。
来週の金曜日は、ちょうど14日だ。3月の。
こんなことを許す女と結婚したのだ、佐田くんは。
彼は奥さんに、文句をさえ言わせないのだろう。
心の底から、思ったのは佐田くんと、もしなにかを間違えて結婚なんてしてしまわないでよかった、ということだった。
ホワイトデイに他の女、ましてや昔付き合ったことのある女と、会うことを許すような馬鹿で非力で優しい、思慮の足らない言いなりの女と、思考を放棄した輝かない女と、結婚までしてしまうような男を私はいらない。いらなかった。よかった。
『いいね、楽しみ!19時前に駅で待ち合わせよう、時計の下ででも。』
私はもちろん、チョコレートの話はしなかった。
おわり💓