幻の青い鳥を追いかける【7/31】

 

 

青い鳥文庫の、熱狂的なファンだった。

といっても小学生のころの私が、青い鳥文庫を好きだったわけではない。好きなもの同士の共通項に、幼い頃というのは疎いものだ。

たんに、面白そう! と食指を動かされることが多かった。いつのまにか本棚を白地に薄青の草花的な装飾で飾られた背表紙が埋めつくした。わかりやすく見えやすい黒く大きな文字で書かれたタイトル。その下に、キャラクターなどのアイコンの絵が小さく添えられているのも好きだった。

 

いろんな世界を教わった。いろんな登場人物が友達になってくれた。

学校の先生は大嫌いで、お気に入りになんてとてもじゃないけどなれないし、女の子たちは意地悪に見えて、男の子たちは仲間に入れてくれなくて、だんぜん孤立していた私にとって、小学生の頃から「登場人物」たちはなにより身近で、なにより理解の範囲にいてくれた。

世界を股にかける性別不詳の・瓶を手刀で開けちゃう大怪盗とか、風邪気味のせいで黒魔女修行をすることになった女の子とか、なんでも解決するけど生活能力のない探偵、その友達の三つ子(!)、魔女用のドールハウスの小さな瓶のなかの薬草を配合して魔法を操る女の子、双子の父親役をすることになっちゃう泥棒、中学生で旅館の女将をしている子………。

青い鳥文庫に限らず、児童書は読み漁っていた。

自分の家のツリーハウスからどんな時代のどんな場所にも(意思に反して)旅してしまうアメリカの兄妹、大富豪の息子と共謀してリアル・アールピージーを作ったりプレイしたりする”普通の”男の子、オオカミ族に生まれて森のなかのあらゆるものを使って生き抜く・父親を亡くした男の子、別々に暮らすお化け退治専門の探偵をしている父親のところを訪ねずにいられない女の子、クローゼットのなかから雪で凍てつく別世界に飛ばされてしまう兄妹たち、もちろん母親の幽霊にいつも見守られている狐の怪盗も。

 

その子、その人たちが教えてくれたことは、たくさんある。

たとえばパイル生地のシーツは爪に引っかかるので注意、すべてのことは”神の味噌汁”、ポンペイという火山に沈んだ都市の存在、グループが違くても仲良くできる友達はいること、洞窟のなかで光る苔、人ひとりまるまる入るほど大きな食虫植物があること、などなど………。

他にも思い出すことさえできない些細なあれこれが、砕け散って小さな粒子になったガラスのかけらのように血液を流れている。

 

恋愛の難しさ、愛して愛されることの奇跡と偶発性であったりとか、家族関係の維持に苦心したり、依存したりされたり、昨日まで笑いかけてくれた友達がそっぽを向く、どうやったら好かれるのかわからない、そういう人間関係の困難についてなんかよりも、

知らない世界の魔法の話が、大怪盗が盗む巨大できらきらの宝石たちの話が、原因があって犯人を暴く探偵のいる話が、小学生の私には必要だった。

 

なんてことはない、物語をある程度読めるようになったときからずっと、逃避癖はあったのだ。

現実は目も当てられないほど未整理で、とげとげと優しくないし、わかりにくくて説明役不在、許してもないのに踏み込んできたり突き放してきたり、ずっと手に負えない。

家族の問題が爆発する前に、誰かと両思いになる前に、お酒で酔っ払うことを覚える前に、一生の友達ができる前に、人間がほんとうにすごい勢いで、自分の周りを回るだけでなく撫ぜたり叩いたりお腹にチョップ入れたりしてくるようになる前に、たくさんの物語を読むことができてよかった。

頭のなかに逃げ込む場所をつくることができていたし、然るべきとき(と然るべきではないとき)にどこに閉じ込まれば嵐から身を守れるかを知っていたから。

 

今は、アメリカの押し込み強盗とそれに共謀した女、その女を探す元犯罪者の男とそれに協力する元警察官の話、に逃げ込んでいる。

私はつねに現実とは違う世界を体のどこかに持っていて、それが地に足をつけずに済む、理由なのかもしれない。

 

とはいえたまに地に足つけて、現実の時の流れのなかで鏡を見たら、とんでもなく年相応の孤独な女の顔が見えるのでびっくりしちゃうから、注意しないといけない。